枝野官房長官の記者会見では、必ず「直ちに人体に影響を与えるレベルではない」が繰り返されてるよね。NHKやその他民放も含め、メディアでも「直ちに」を強調。だけど、そこに年単位で住むことで被曝する放射線量の値と、X線写真やCTスキャンなど一瞬でしか被曝しないものを同列に比べて「だから問題ない」っていう言葉のレトリックで視聴者を「落ち着かせよう」としているのは悪意を感じる。だってそれを信じた人には、10年後、20年後に健康被害が出る確率が高くなるんだもの。
政府やマスコミが繰り返す「直ちに」が何を意味するかについては、中部大学の武田教授が、そのブログ「原発 緊急情報(21) 「直ちに」とは何か?「冷静に」とはなにか?」の中で鋭い指摘をしている。放射線被ばくの単位の説明について枝野官房長官やマスコミがごまかしていることも武田教授やその他の専門家は指摘している(参照:原発 緊急情報(10) 政府・マスコミ、ごまかし。危ない?!)。それに加えて、体外からの被曝と、放射能汚染された食品・飲料物を口にすることで発生する内部被曝の恐ろしさについても、いろんな人が指摘しているのに、政府からは一向に説明がない(参考:田中優氏、広瀬隆氏、原子力資料情報室。)
それに、普通に考えて、ホウレンソウが汚染されてるなら、その他の野菜も汚染されてるでしょう。乳牛が汚染されてるってことは豚や鶏も同じレベルの放射線・放射能に被曝してるってことだし。葛飾区の浄水場が汚染されてるってことは、そこら一帯にそれだけの放射性物質が飛来したってことだよ。普通に考えたらそうでしょう?
原発の事故が起きた当初から、日本政府や東電って情報を出さず、とことん国民の不信感を買ってると思う。だけど、こういう政府の「情報出し渋り」について、「それは国民の不安を煽らないためだよ」って本気で信じてる人があまりに多いのに、僕は唖然としてしまう。テレビや新聞でも「不安を煽ることはよくないので」なんて言うアナウンサーや「専門家」が登場するけど、事実を伝えずに、健康被害のリスクに多くの人をさらした状態で「不安を煽らないため」というのは目的を間違ってる。「事実をありのままに発表することで多くの人がパニックに陥る」危険性よりも、「事実を伝えず、多くの人の健康を危険にさらす」ことのほうが重大な過失だと僕は思う。事実を知らされることで人がパニックに陥るかどうかは不確実性が高いけど、このままだと多くの人の健康が10年、20年後に損なわれるという確実性のほうが高そう。まだ福島県内の放射能・放射線汚染について政府が発表してないことも気に食わないし、いまだに「直ちに」を繰り返す政府・マスコミも気に食わない。気象庁は花粉飛散予想をしててデータも技術もあるのに、福島原発からの風量・風向きを一向に発表しない。こんなときに納税者の役に立たないお役所って何?(政府が動かないので、研究者グループが独自にデータ収集してる:放射線モニターデータのまとめページ)
補足:ちょうど3月23日、原子力安全委員会が「放射性物質の拡散予測図を公表」したね。一方、東電は24日、「放射性物質の拡散シミュレーションは困難」 として今後も出しそうにない。そりゃーそだ。出したら自分の首を絞めることになるわけだしさ。
原発事故が起きてから最近まで、ずっとこの「ごまかし」や「情報の出し渋り」にふつふつとした怒りを感じて、いまだにその気持ちは同じなんだけど、最近、ふっと目覚めたことがある。
政府の「ごまかし」「情報の出し渋り」の目的は、「不安を煽らないため」でも「混乱を引き起こさないため」でもないんじゃないかなぁ。少なくとも、それらが第一の目的ではない。もし、正しい情報を出して、東電の福島原発の事故、そしてそこから流れ続けている放射能・放射線の汚染の度合いと人体への影響を認めてしまうと、東電だけじゃなくって、日本政府がかぶらないといけない対策費用や補償費用の負担は甚大なものになってしまう。政府は、それを回避しようとしてるってこと。後々、福島県とその近隣の多くの人がガンになった場合、もし政府が今の時点で「人体に深刻な影響を与える可能性があるので、避難してください」と言ってしまうと、それが証拠として法廷で国・東電側にとって不利に利用されてしまう。「事件発生当時から、日本政府は放射能汚染の人体に与える深刻な影響について理解していた。にもかかわらず、対処を怠った」という論理で原告側はその情報を利用すると考えるのが当然。今の時点では、「直ちに人体に影響を与えるレベルではない」と言っておけば、後々、訴訟問題になっても、言い逃れができる余地が残されてるじゃない?この点については武田教授も同じことを言ってる。大前健一も、「枝野長官は、後々「あの時、間違ったことを言った」と言われないように慎重に言葉を選びながら問題にならないように発言している」と言ってる。枝野長官って弁護士だしね。後で責任追及されないように、相当慎重になって踏み誤らないように発言してるよ、確かに。
フランスの教授もこんなことを言ってる:
(引用)また「日本の放射線防護政策は、何より原子力産業の保護を優先する」として、原発作業員が白血病などを発症しても、めったに労災と認定されないと批判。厚生労働省が今回の事故対策に限り、被ばく線量の上限を250ミリシーベルトまで引き上げたことについて「この緊急措置は、作業員が死亡することになっても(東京電力が)補償請求を免れるための方便である可能性がある」と指弾した。(引用終わり)
福島原発の問題について、政府の対応(と政府の指導と大手広告主の東電の圧力で報道しているマスコミ)を見るにつけ、国民を守るためにある政府だと思ってたけど、やっぱ、国っていうのはいざというときに弱者を犠牲にする組織なんだなぁって思い知らされたよ。国が今、一番守ろうとしているのって、日本経済と、今回の原発事故に対する訴訟対策。一般人の健康って文字通り二の次。10年後、20年後にしかわからない、しかも今回の原発事故と因果関係を証明することができない個人の病気なんかより、いまある一大事、つまり被災地の復興、日本経済への影響、諸外国からの訴訟や日本製品不買行動、日本経済への信用などへのダメージを最小限に抑えることなんだよね。「健康に害があります」と言ってしまった途端に、国民は、「じゃ、国としてちゃんと対策を取って」ってことになって、その費用は赤字で火の車の国庫を直撃することになる。被災地の復興もしないといけないしね。
今回の福島原発事故に関して、「国民の健康を守る」っていうことと、「国の経済を守る」っていう二つの利害が真っ向から対立してしまった感じ。そして日本政府は、「国の経済を守る」という利害を守ることにしたんだよ。だって「国民の健康を守る」っていうことは、人や企業が国の首都からいなくなってしまうかもしれないことを意味するし、全員に手厚い補償してたら、人は助かっても国の経済は沈没ってことだから。そこはやっぱり「合理的(reasonable)」な判断ってことになるんだろけどさ・・・。「国の経済を守る」ってことは回りまわって国民の生活を守ってるってことでもあるわけで。こう考えると、異様なまでの情報操作された日本の政府発表やマスコミの報道もその意図が透けて見えるべ。
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