デーブに続き、昨日はウィリアムからまたもやメールが届いた。「今週末、ヒマ?」っちゅー、いつも通りの頭使ってないメール。そんなに僕って暇人に思われてるのか。とても心外なんだけど、そんな失礼なメッセージを自分で書いてるとは気づいてない。「うるせー、お前に会うような時間なんてねーよ!」って散々言ってるのに、思い出したようにメールをよこすウィリアムって、ある意味、蹴落としても崖を這い上がってくる不屈の人。
このことを昨晩、夕食を一緒にしたMさん(日本人女性)に話したら、
「それって、10人くらい選択肢があって、同じメッセージを一斉に出して戻ってくる反応をみてるんじゃない?」
という鋭い指摘をしてくれた。確かに、ウィリアムがメールを出してる相手が僕だけと思うのはじこちゅーな考え方。遊び人だったら、カードを何枚も持っているはず。けっ、そんなウィリアムのコンタクトリストの一人でしかないのかと思うと一層、腹が立ってきた。
そしたらMさんが、「こいう状況を表す英語の表現があるのよねぇ~」とおでこに手を当てながら必死で思い出そうとすごい形相に。
「あ、"Why buy the cow when you can get the milk for free?"だ!」
確かにこの比喩表現、僕も耳にしたことがある。タダでセックスしてくれる(ミルクをくれる)女性(orゲイの男性)がいるのに、なんでわざわざ一人にコミットして長期にわたって色々と面倒をみる(つまり、牛を一頭飼う)必要があるのか?という教訓、っちゅうか比喩になってるんだよね。日本語で言うところの、「釣った魚にエサをやらない」に近くて、釣ってしまうとエサをやらないといけないから、魚なんてそもそもいらない(ミルクだけもらいます)っていう論理。
確かに、コンビニに行けばいつでもミルクを買えるのに、わざわざ牛を一頭、自分専用に買って飼育するっていうのはリスクだよねぇ。だってその牛が病気になってしまうかもしれないし、将来的には年取っておいしいミルクを出さなくなるんだし。牛一頭を飼っちゃうと、必要以上にミルクの出がよくって自分だけじゃ飲みきれないかもしれないし・・・(自分がしたい以上にセックスを相手に求められるかもしれないという可能性!)。
なんかこの比喩って、コミットメントできない男どもが、酔っ払いながらバーで思いついた勝手な表現って感じだけど、よく出来てる・・・。なんかウィリアムのライフスタイルもちょっと同情っちゅーか理解しそうになるけど、やっぱ、おいらたちは牛じゃないじゃん。牛はあんたらが病気になっても面倒みてくれないけど、おいらたちは看病してあげるじゃん。この表現って、一方的においらたちをお荷物扱い&性欲のはけ口としか思ってないっていうのが、ノンケのセックスにしか興味ない低脳な&酔っ払った男どもの主張だよね。却下、却下!人を牛に例えるなんて言語道断だよね。
でも、ウィリアムやデーブを含め、コミットメントできない男たちの多いこと。これは彼らにミルクを与えてる女・男がいるから、そういうやつらの行為を助長しちゃってるんだよね。ちょっと世界でノー・セックスデーとか作ってさ、こういう行為を制限する活動ってどうでしょう?古代ギリシャでは、戦争にいきり立つ男たちを説得するために、家庭の主婦たちがセックス・ボイコット・キャンペーンをしたっていうのも史実としてあるし。